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東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)26号 判決

原告 モンサント・コムパニー

被告 特許庁長官

主文

特許庁が、昭和四十年九月二十七日、同庁昭和三九年審判第二、九七〇号事件についてした審決を取り決す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

(特許庁における手続の経緯)

一  原告は、昭和三十七年十二月一日、「けば立てた織物の処理に対する方法及び器械」につき、一九六一年十二月一日アメリカ合衆国において出願した特許出願の優先権を主張して、特許出願(昭和三七年特許願第五三、四八七号)をしたところ、昭和三十九年二月二十八日、拒絶査定を受けたので(この拒絶査定に対する審判請求の期間は、特許庁長官の職権により、昭和三十九年六月二十六日まで延長)、同年六月二十六日、これに対する審判を請求(昭和三九年審判第二、九七〇号事件)したが、昭和四十年九月二十七日、「本件審判の請求を却下する」旨の審決があり、その謄本は、同年十月十六日原告に送達された(出訴の附加期間三か月)。

(審決理由の要点)

二 審決理由は、帰するところ、「本件審判請求人(原告)は、昭和三十九年六月二十六日、本件出願を、実用新案法第八条第一項の規定により、実用新案登録出願に変更したので、本件審判請求は、同法第八条第四項の規定からみて、その目的物がないものに帰するから、不適法な請求として却下すべきものである」というにある。

(審決を取り消すべき事由)

三 本件審決には、実用新案法第八条第一項及び第四項の規定の解釈適用を誤つた違法があり、取り消されるべきである。

原告は、昭和三十九年六月二十六日、本件特許出願の拒絶査定に対する不服の審判を請求するとともに、「けば立てた織物の処理装置」につき、実用新案法第八条第一項の規定により、実用新案の登録出願をしたが、右実用新案の登録出願に変更出願したのは、当初の「けば立てた織物の処理に対する方法及び器械」の特許出願(併合出願)のうち、「器械」に関する部分のみであり、「方法」に関する部分については、その名称を「けば立てた織物の処理方法」と改めたうえ、なお、特許出願として維持したものであり、このことは、当初の特許出願願書に本願が特許法第三十八条但書の規定による旨記載されている事実、その名称が「けば立てた織物の処理に対する方法及び器械」であつたが、審判請求と同時に提出した補正書において、その名称を、前記のとおり「けば立てた織物の処理方法」と改め、実用新案の登録出願に変更したものについては「けば立てた織物の処理装置」と名称を改めた事実から、きわめて明瞭である。

このような場合において、当初の二つの発明を含む特許出願のうち、のちに実用新案登録出願に変更された部分すなわち処理器械に関する特許出願は、実用新案法第八条第四項の規定により取り下げられたものとみなされるにしても、当初の出願を分割して、なお特許出願を継続する意思を表示した部分すなわち処理方法に関するものについてまで、前記規定により取り下げたものとみなされる筋合はない。右実用新案の登録出願の願書に、特許法第四十四条の規定に基き特許出願の分割をする旨記載されていないにしても、そのような形式的理由から、積極的に表示された出願人(原告)の意思を無視し、当初の特許出願をすべて取り下げたものとみなして処理するとは、はなはだしく不当である。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

原告主張の事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本件審決には、原告主張のような違法の点はない。

本件の当初の特許出願が、いわゆる併合出願であること、本件審判の請求と同時に原告が提出した補正書において、発明の名称を「けば立てた織物の処理方法」と改めたこと及び実用新案登録出願における名称が「けば立てた織物の処理装置」であることは、原告主張のとおりであるが、これは、あくまで、当初の特許出願を補正書のとおり補正したにとどまり、特許請求の範囲も格別補正されていないし、また、出願の一部だけを実用新案の登録出願にするという意思の表示もないのであるから、出願人である原告において、特許出願の分割をしたものとみることはできない。したがつて、原告は、前記のように補正したうえ、特許出願の全体を実用新案の登録出願に変更したものとみるほかはない。のみならず、発明の名称等の一部補正による出願の分割という便法を原告のために認めることは、出願の分割に関する法律の規定(特許法第四十四条、同法施行規則第二十三条第四項)を空文化し、法律の円滑な運用及び工業所有権手続の秩序を紊る結果となる。したがつて、この場合、実用新案法第八条第四項の規定の適用があるのは当然である。また、実用新案の登録出願には図面の添付を要する(実用新案法第五条第二項)が、もとの出願に添付した図面が変更を要しないときは、これを省略できる(実用新案法施行規則第六条第三項により準用される特許法施行規則第三十一条)。原告は、本件実用新案の登録出願において特許願の図面を援用しているが、特許出願が取り下げられたものとみなされないとするならば、実用新案登録出願に新たな図面の添付を要するわけであり、この点からみても、原告主張のように出願の分割があつたものとすることは当をえない。

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯及び本件審決の理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(審決を取り消すべき事由の有無について)

二 本件特許出願が、その当初において、発明の名称を「けば立てた織物の処理に対する方法及び器械」とする特許法第三十八条但書の規定による、いわゆる併合出願であつたこと及びこの特許出願が拒絶されるや、原告は、昭和三十九年六月二十六日これに対する不服の審判を請求するとともに、同時に提出した補正書によつて、名称を「けば立てた織物の処理方法」と改め、さらに同日「けば立てた織物の処理装置」につき、実用新案法第八条第一項の規定による実用新案登録出願をしたことは、いずれも本件当事者間に争いのないところであり、これらの事実に、実用新案の登録出願については、特許出願におけるような併合出願の制度がない事実(実用新案法第六条参照)を参酌考量すると、原告は、本件審判を請求すると同時に、当初の特許出願を「けば立てた織物の処理方法」と「けば立てた織物の処理装置」の二つの特許出願に分割し、後者を、実用新案法第八条第一項の規定により、実用新案の登録出願に変更したものである、と認めるを相当とする。

被告指定代理人は、当初の出願の一部を実用新案登録出願にするという意思の表示がない限り、「出願全体」を変更するものと認めざるをえない旨抗争するが、前認定のような事実関係のもとにおいて、単に分割出願であることを明示しなかつたからといつて、当初の特許出願の全部を実用新案の登録出願に変更したものとみることは、出願人である原告の意思の客観的合理的な解釈ということはできない。けだし、特段の事情がない限り、二つの発明を含む特許出願を一つの実用新案の登録出願に変更することは、まず、ありえないことと考えられるからである(そして、本件において併合出願にかかる発明の一つが、実用新案登録の認められない方法の発明であることは、右見解を一強めるものというべきであろう。)。

原告が補正書により発明の名称を「けば立てた織物の処理方法」と訂正した際、当初の併合出願を単一の特許出願に改めたとみることも、特段の意思の見るべきもののない本件においては、はなはだしく不自然といわざるをえない。

また、被告指定代理人は、原告が実用新案登録出願に新たな図面を添付しなかつたことから、出願の分割を否定するが、このことは、あるいは、補正命令の問題とはなりえても、これだけで、前認定を左右するには足りないことは、多くの説明を要しないであろう。

なお、被告指定代理人は、原告のなしたような便法による分割出願を認めることは、出願の分割に関する法律の規定を空文化し、その円滑な運用と工業所有権手続の秩序を紊ると憂慮するようであり、そして、分割出願であることを願書に明記しない場合においても、なお、出願の分割があつたものとみうる場合があるということは、現に本件に見るように、手続の画一性を害し、多少の混乱を招く結果となることなしとしないが、本件においてこの結果を見たのは、多分に出願人の側における不用意に基くものであり、決してこれを常態とみるべきではないから、そのために、全体としての出願の分割に関する法の運用と手続上の秩序を紊るに至ると憂慮するには当らないと考えられるばかりでなく、かかる場合、むしろ出願人の意思を具体的事情に即して、可能な限り合理的に解釈して取り扱うことこそ、制度の趣旨にかなうものというべきであろう。

(むすび)

三 以上説示のとおりであるから、本件において実用新案法第八条第四項の規定により取り下げられたものとみなされるものは、のちに実用新案の登録出願に変更された「けば立てた織物の処理装置」に関する特許出願のみであり、「けば立てた織物の処理方法」に関する特許出願は、依然として本件審判の対象として残存しているものといわざるをえないから、これと趣を異にする本件審決は、その限りにおいて、事実の認定を誤つた違法があるものといわざるをえない。

したがつて、その主張のような違法があることを理由として本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由があるものということができるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 三宅正雄 荒木秀一)

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